秒速5センチメートル a chain of short stories about their distance
どれだけの速さで生きれば、君にまた会えるのか。
冬月が選ぶ日本三大鬱映画の一角です。
ほかの二つは耳を澄ませば、と…サーセン。思い浮かばないです。
非常に美しいアニメーションで、是非BDwithフルHDTVで見てほしい作品。
絵作りとしては柔らかく色彩豊かに細部まで非常に丁寧に描かれているが、
最も特徴的なのは光の使い方だろう。
残念なボキャブラリーの私には神がかっているとしか言えないのが残念だ。
第一話、桜花抄(おうかしょう)の時点では幼い二人なのだが
耳を澄ませば、のように見ていてこっちが恥ずかしくなるような表現は無い。
あのシーンやコメントで、ほかの監督ではそういった恥ずかしくなるような感情を
一切生ませないように表現することはかなり難しいのではないだろうか。
三大鬱映画、として挙げておきながら
一番好きな映画がこの秒速5センチメートルなんです。
ストーリーや表現、絵作り、テーマ、配役、主題歌、音楽、全てにケチが付けられない上に
主人公の貴樹が、自分にしか見えなくなるから困る。これだから新海さんは…
非常にお勧めであるが、ラストに明確な描写や結末は無く、見ている側に丸投げするタイプであり
きっちり書いたものや、ハッピーエンドがじゃないと嫌な人は見るべきではないだろう。
以下はネタバレ含む内容や私なりの考察。
桜の花びらの落ちる速度なんだって。秒速5センチメートル
冒頭での明里の言葉。
これは桜の花びらが落ちる速度であると同時に、
貴樹が明里に会うために乗った電車の体感速度であり、
出会った頃から二人の気持ちが近づいていく速度であり、
後に明里の心が高貴から離れていく速度。
再開の後、明里が用意していた手紙を渡さなかった理由。
キスしたとき、貴樹の心境に
「一三年間生きてきたことのすべてを分かちあえたように僕は思い、それから、次の瞬間たまらなく悲しくなった。明かりのそのぬくもりを、その魂を、どのように扱えばいいのか、どこに持っていけばいいのか、それが僕にはわからなかったからだ。僕たちはこの先もずっと一緒にいることはできないと、はっきりとわかった。僕たちの前には未だ巨大すぎる人生が、膨漠とした時間が、どうしようもなく、横たわっていた。でも、僕をとらえたその不安は、やがて緩やかに溶けていき、後には明かりの柔らかな唇だけが残っていた。 」
とあるのだが、明里も同時に同じことを感じ取っていたのだろう。 用意していた手紙の中身はおそらく「離れても私たちずっと…」のような内容だったんだと思う。 第三話で一時停止させると、一瞬だけ手紙の内容の一部が写るがありますが
この先一緒にいることは出来ないと気づいたのに、こんな手紙を渡しても苦しめるだけ…だから手紙を渡さなかった。
ほとんど読み取れませんが、ここでは「貴樹くんは強… 私は貴樹くんに守って… あなたはきっと大丈夫」と書かれているので
渡さなかった理由は、手紙の文脈による「大丈夫」と後の「大丈夫」では意味が異なるため。
別れの時、電車に乗った貴樹と、見送る明里。
明里「貴樹君はこの先もきっと大丈夫だと思う。絶対。」
貴樹「ありがとう。明里も、元気で。手紙書くよ!電話も…」
明里の「大丈夫」という言葉と、それに対する貴樹の解釈はズレている。
貴樹は「明里”も”、元気で」と述べているように、大丈夫=やっていけるよ、とそのまま捕らえているのに対し
明里の「大丈夫」はこの先私がいなくてもという意味を先頭に含んでいる。
「あのキスの前と後とでは、世界の何もかもが変わってしまったような気がしたからだ」
このときに変わったのは貴樹でも世界でもない。
貴樹の気持ちは何も変わっていない。彼はただ、一緒にいることができないであろう現実を理解したがそれだけだ。
現実がどうであれ、貴樹の気持ちには一切関係ないのだ。
明里の、貴樹に対する気持ちも変わってはいないが、これから先は貴樹のことを諦め生きていかなければ仕方が無い、
現実を受け入れて生きていこうという方向性を心の中にわずかではあるが持ち始めている。
栃木での別れの朝が、明里にとっては貴樹との最後の瞬間であるのに対して
貴樹にはまた次がある、なんとかできるとと信じている(信じようとしている)のだ。
第二話、コスモナウト
ここでは高校生になった貴樹と、貴樹を好きな花苗の種子島での物語。
二人がH-2ロケットを輸送現場に遭遇したときの花苗の
「時速5キロなんだって。南種子の打ち上げ上まで。」という言葉にはっとする貴樹。
もちろん冒頭(小学生の頃)での明里「桜の花びらの落ちる速度なんだって。秒速5センチメートル」
という言葉に似ていたので思わず反応してしまう。ここで分かるように、もちろん明里のことがまだ忘れられない。
「遠野君は優しいけど、とてもやさしいけれど、でも、遠野君はいつも、私のずっと向こう、もっとずっと遠くの何かを見ている。私が遠野君に望むことは、きっとかなわない。それでも、それでも私は、遠野君のことを、きっと明日もあさってもその先も、やっぱりどうしようもなく好きなんだと思う」
「(ロケットは)必死に、ただ闇雲に空に手を伸ばして、あんなに大きな塊を打ち上げて、気の遠くなるくらい向こうにある何かを見つめて…遠野君が他の人と違って見える理由が、少しだけ分かった気がした。 そして同時に、遠野君は私を見てなんていないんだということに、私ははっきり気づいた。 」
オレンジの2文は作品中において、順番は逆です。
ロケットは貴樹のメタファーそのものであり、また花苗もここではロケットと貴樹を関連付けて見ている。
・必死に、ただ闇雲に手を伸ばして=見えもしない明里を闇雲に目指して、気の遠くなるくらい向こう=東京、何か=明里。
「それは、本当に、想像を絶するぐらい、孤独なたびであるはずだ。本当の暗闇の中をただひたむきに。ただただ、深遠にあるはずと信じる世界の秘密に近づきたい一身で。僕たちはそうしてどこまでいくのだろう。どこまでいけるのだろう。」
これはオレンジ文よりもさらに前に、Newtonらしき科学雑誌を読みながらロケットの旅について頭の中でのセリフ。
貴樹自身もまた、明里に対する自分の心境や、行動をロケット(正確には探査機)のたびになぞらえている。
貴樹は種子島にいる現在も、友達や花苗が居ても内心孤独であり、
深遠にあるはずの世界の秘密に近づきたい一身=花苗に近づきたい一身で
僕たちはそうしてどこまでいくのだろう=このままのベクトルで自分はどこに行ってしまうのか、どうなってしまうのか
どこまでいけるのだろう=前文とは逆に、もう一度あえるのだろうか
このセリフからは、貴樹が東京の大学を目指す理由が大学自体ではないことが分かる。むしろ勉強なんかどうでもいいのだ。
(「孤独な旅、あるはずと信じる、近づきたい一身」)
明里ともう一度会いたいから、(もしくは記憶にすがりたいから)幼い頃一緒に育ったあの東京を目指すのだ。
第3話 秒速5センチメートル
山崎まさよしの「One more time one more chance」のPVとも揶揄される章。
大人になり、東京で働く貴樹の物語。
「私たちはきっと1000回もメールをやりとりして、たぶん心は1センチくらいしか近づけませんでした」
貴樹と3年間付き合っていた女性からのメール。
貴樹はこの女性のことはもちろん、花苗のことも見ていなかった。たとえ恋人という形になったとしても。
貴樹には最初から明里しかいなかったのだ。
明里と最後に別れてから、10年以上たった今でも貴樹は明里のことしか見ていない。
これに対し、明里は別の男性と結婚間近という状況になっている。
しかし、おそらく明里にとって結婚相手が貴樹以上の存在だったとは限らない。
第一章のところで述べたとおり、明里にとっては貴樹は非現実的な存在となり、
現実的な存在だった居間の結婚相手を選んだだけであり、貴樹は大切な存在として心の中に存在し続けた。
現実的な大切な存在とする貴樹か、非現実的で大切な存在とする明里かの違いであろう。
「この数年間、とにかく前に進みたくて、届かないものに手を触れたくて。それが具体的に何を指すのかも、ほとんど脅迫的とも言えるようなその思いが、どこから湧いてくるのかも分からず、僕はただ働き続け、気づけば、日々弾力を失っていく心が、ひたすら辛かった。 そしてある朝、かつてあれほどまでに真剣で切実だった思いが、きれいに失われていることに僕は気づき、もう限界だと知った時、会社を辞めた」
前半部分はコスモナウトのところで言ったロケットのお話が、貴樹の直接的な感情に書き換わっている。
見比べてもらえれば非常に近い内容、もしくは続き(ロケットが飛んだ後)の内容になっていることが分かりやすいだろう。
真剣で切実だった思い。それはもちろん、もう一度会いたいという明里への思い。
目的を達成するためのはずの手段がいつしか目的となり、本来の目的を忘れ、
入れ替わった目的を達成したあと、自分のすべきことが失われる。
本来の目標を達成する=明里にもう一度会うことで埋められるはずだった「そこここへ積もる悲しみ」は
本来の目標を忘れられた今、埋められるべき手段を持たず
また会いたいという感情が具体性を失い、徐々に消えていっても「悲しみ」だけは惰性として残り続ける。
結果として、その「悲しみ」は癒される術を持たなくなる。
One more time, One more chance
これ以上 何を失えば 心は許されるの どれほどの痛みならば もう一度君に会える
one more time 季節よ うつろわないで one more time ふざけあった時間よ
食い違うときはいつも 僕が先に折れたね わがままな性格が なおさら愛しくさせた
one more chance 記憶に足を取られて one more chance 次の場所を選べない
いつでも探しているよ どっかに君の姿を 向かいのホーム 路地裏の窓
こんなとこにいるはずもないのに 願いがもしも叶うなら 今すぐ君のもとへ
できないことはもう何もない すべてかけて 抱きしめてみせるよ
寂しさ紛らすだけなら 誰でもいいはずなのに
星が落ちそうな夜だから 自分を偽れない
one more time 季節よ うつろわないで one more time ふざけあった時間よ
いつでも探しているよ どっかに君の姿を 交差点でも 夢の中でも
こんなとこにいるはずもないのに 奇跡がもしも起こるなら 今すぐ君に見せたい
新しい朝 これからの僕 言えなかった「好き」という 言葉も
夏の思い出がまわる ふいに消えた鼓動 いつでも探しているよ どっかに君の姿を
明け方の街 桜木町で こんなとこに来るはずもないのに
願いがもしも叶うなら 今すぐ君のもとへ
できないことは もう何も無い 全てかけて 抱きしめてみせるよ
いつでも探しているよ どっかに君のかけらを
旅先の店 新聞の隅 こんなとこにあるはずもないのに
奇跡がもしも起こるなら 今すぐ君に見せたい
新しい朝 これからの僕 言えなかった「好き」という言葉も
いつでも探してしまう どっかに君の笑顔を 急行待ちの 踏み切りあたり
こんなとこに いるはずもないのに 命が繰り返すならば 何度も君のもとへ
欲しいものなど もう何もない 君のほかに大切なものなど…
貴樹の気持ちは良く分かります。
そりゃ境遇や相手との関係はぜんぜん違うけど、考え方や心境は僕とよく似てるな、と。
まぁ、僕が自分を貴樹にオーバーラップさせて解釈すれば自分と同じ貴樹が出来るわけで
似ていて当たり前なんですが。 そんなわけで、貴樹として解釈した部分は半分ぐらい自分のこと書いているかもしれませんね。
文学ってそういう一面もあるのでそれはそれでいいかなとは思うのですが。
そういえば、ぜんぜん関係ないんですが今日は僕の大切な人の誕生日なんです。
大切といっても一方的なんですけどね。もう遠すぎる存在。
もう届かないんだろうけど、勝手に祝っておきます。ごめんなさい。
誕生日おめでと。
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